本願寺総局公室
基幹運動担当 長屋部長様
いつぞやは、いろいろとお世話になりました。今日は真宗遺族会員として、また私の地方で
作っている「平和を尊ぶ念仏者の会」の会員として、基幹運動本部・総局との話し合いに私も 出席する予定でしたが、風邪をひいてしまいましたのでこのような形にさせていただきまLた。
私のところの自治会内の神道行事については、すでにお話しています。私のところは政教分
離をしましたが、でも、それをちょこちょこと崩そうとする人がいまだにあります。その都度おさ えていますが、それを破ろうとするのは真宗門徒さんなのです。
創価学会やキリスト教の人々の中にはこのような人は出てきません。それは戦中の神道を
超宗教とした時代から、戦後、自分たちの学会・教団の教えを、全国の末端まで津々浦々と、 本来の自分たちの教えをしっかり信徒さんに伝えていったという努力がありました。 しかし、 私たちの教教団はそのような取り組みはなされていませんでした。昭和12年に、教団は神棚を 真宗門徒も安置するように通達を出しています。戦後すぐにそれを撤回せねばいけなかった のに、門徒に対して未だに文書としての撤回通達は発しておられない。(戦中の聖典拝読の誤 りはだされましたが・・)故に未だに神棚が真宗門徒さんの家には当然のごとくあるのです。そ の中で育ったのが今の人々です。教団に大きな責任があることを感じています。
いま、地方連研・中央教習で少しずつ話されています。それは本当によいことだと思っていま
す。しかし、肝心の地方の住職様方には伝わっていません。
先日も、呉の門徒さんですが、連研によって目覚められた方が真宗の信心とは違っていたこ
と、この問題を問うべく立ち上がられました。それまでは自治会の祭礼実行委員会(神道)に四 年間も所属をしておられた方です。いまのこの世の中、神道化する国民にとって真宗門徒とし て貴重な存在だと思いました。
しかし、現状は私のときの十数年前と全然変わってはいないのです。その方が言われます。
自分の寺のご住職に話されたとき、「あんたは何で回りに敵を作っていくのか。子どもが可哀 想と思わないのか」と言われたと。子どもは大丈夫、しっかり話してわかってもらっでいるからと 言われたそうです。地区のお寺さんも問いかけられる門徒の現状に耳をかされない。このよう な環境の中で苦しんでおられます。そして、私と同じ、異分子化され、孤立化されていくので す。私の胸は重くて苦しいのです。あの苦しみをこの方もいまからするのだと思うと・・・・。この 方も真宗教団に対する疑問を呈しておられます。この秋に定期研修にご本山行きました。その ときも、まずご住職様にこの問題を教団として言ってほしいと個人的に話された方がありまし た。
真の真宗門徒をつくろうと、連研をされます。尊いご教化によって、その人に届いたのです。
これこそ他力。尊いことだと思います。それを、同じ教団の、それも住職自身が圧力・弾圧をか けていく。これがいまの教団の大方の現実なのです。私もそうでした。もしくは見てみない振り です。私は、今日は、是非ともそこに行ってお願いしようと思っていました。まずこの問題の、住 職様方の意職の変革を教団として即急に取り組んでいただきたいのです。基幹運動本部発の 通達でも出していただきたいのです。そうでなければ、目覚めたものは住職様や同じ真宗門徒 さんによって、異分子化され弾圧されていくのです。こんなことがあっていいものでしようか。戦 後60年、もうはっきり教団もされるべき時ではないでしょうか?。
この問題を問うている人は、まず自分の命の尊厳に目覚めた人なのです。だからこそ、私一
人の問題ではなかったと立ち上がっていくのです。住職様はこの心を受け取ってほしいと思い ます。今の状態では、門徒の悩みはどごにもって行けばいいのでしょうか?。
ご住職様の間で教学の速いがあれば、統−されてください。そうでなければ迷ってしまうのは
門徒なのです。この問題を真剣に、基幹運動本部として考えていってくだきることを念願いたし ます。
私はいままで、(長年かかって来たことだからこれを正すのも長年かかる)、とご住職の言葉
として聞いてきました。しかし、それで自分を正当化しておられ、どうにかしようというご自身の 動きは皆無でした。戦中のあやまちを繰り返さないためにも、教団は立ち上がるぺきです。い まこそ、不安な世の中、テレビ放映で神道行事の多いこと、また国民を神道で思想統制されて はたまりません。
教団の戦後処理として、深く考えて行ってくださいますように宜しくお願いいたします。
簡単にと思いましたが、やはり門徒としての気持ちをわかっていただくのが肝心と思いました
ので、少々長くなりました。
合掌
2005年12月19日
梅田美代子拝
文中言葉がぎついところがあるかもしれませんが、門徒の気持ちですのでお許しください。
|