当面の活動計画案
A) 8月22日遺骨返還と謝罪碑建立について
1 謝罪碑の規模は
縦100(碑33) 横220(碑120)高さ 900a
・上段正面に謝罪碑・ハングルで謝罪文
・上段裏面は日本語の謝罪文を刻む
・下段正面に高暮ダムのパネル写真
・下段裏面に高暮ダムの概要
・側面に「高暮ダム強制連行を調査する会」活動概略
2 追悼式および慰霊祭について
1)追悼式は日本式(本願寺派)と韓国(仏式)韓国民衆団体と合同
韓国大邱出身の李昇勲(広教組職員)と計画し韓国民衆団体と共同
(ハルモニを支える大邱市民の会。大邱教員労組。民衆労組など)
2)恨を解く踊り
3 追悼・謝罪碑建立(言葉が硬いかも)渡韓団計画
1)日程は2泊3日
8月20日(水曜日) 14:30広島空港発 ⇒ 16:10(仁川)
↓
19:30 (温陽オンョン)
21日は準備と独立記念館の観光と2班に別れます
8月22日 (金曜日) 17:40(仁川) ⇒ 19:10 (広島)
2)予算(案) は次のとおりです
大人(約) 50,300円 子ども 42,300円
(航空費・マイクロバス・ガイド・ホテル・利用税込み)
宿泊は「道高グロリー」 (温陽から車で20分)
自炊形式で、 一部屋5人です。
3) 慰霊・追悼参加を希望される方はお早めに
バスは定員40人。希望者が多ければバスの追加は可能です
通訳は3名となるでしょう 福留(福岡)、金福女、 姜済淑
B) 第5回高暮ダム追悼式を行います。
●日時 7月6日 13:00
● 場所 高暮ダムにて
オカリナの追悼演奏もあります。
(夜も鄭 光均さんのお話とコンサートを計画しています。)
オカリナ演奏者は「鄭 光均(ジョン カンギョン)」さんです。
(5月22日現在予定)
C) ホームページを開設しました。
アドレスはhttp://www.saizenji.com/
「高暮ダム強制連行を調査する会」です。
中電はホームページを見て文句を言ってきました。
開く人数の多さで中電に圧力をかけてやりたいと思います。
是非 開いて見て下さい。
企業には通じないのか『人としての誠意』
「資料がない」「会社が違う」論で認識に深いミゾ
5月12日、高暮ダム犠牲者の遺骨の祖国返還と謝罪碑建設にむけ当時の労働現場の実
態を検証する資料と遺骨返還と謝罪碑建設に理解と協力を求めて中国電力と奥村組を訪問し ました。(訪問者、福政代表、小武、塚本)
中国電力は広島支社、朝倉久夫総務マネージャと山本矢須登北電力所副所長が対応しまし
た。
これまでの取り組の経過と協力要請は以下3項目です。
1に、建設当時に働いた人の出身、規模、労働実態に関する資料。
2に、高暮を含めたダム建設時の強制連行・強制労働を含めた人権教育をする。
3に、韓国・天安市「望郷の丘」に遺骨返還と謝罪碑建設に誠意ある態度を示す。
これに対し中電側は、1)資料がまったくない。2)当時建設を発注した日本発送電という会社
と中国電力とは会社が違うということを主張するのみです。
私たちは、大田川水系に建設された安野発電所(西松建設訴訟)など中国山地に建設された
多くのダム建設と実態は同質であると主張し5月23日まで回答をいただくよう約束した。
続いて奥村組は、清水利治広島支店総務部長と白木康夫総務課長、金子誠三次出張所所長
が対応しました。要請内容は中電と同じです。回答は、1)資料がない。2)人権教育は行政指 導のもとで行っていると主張しました。とくに、謝罪反省碑文について「人間性を蹂躙した苛酷 な労働」「ダム堰堤の中にその命を生めて行った・・」は納得できない(清水氏)、ありえない(金 子氏)と主張した。私たちは、事実を検証するためにも資料が必要であり、語り伝えも事実検 証の一つであると説明した。当事ダム現場で働いていた唯一の証言者「朴泳来」さんの講演を 聴いて欲しいと伝えると「行く気はない」と金子出張所長が語尾を強めた。
5月20日、再び中電と奥村組に5・12の回答を求めて両会社を実国、小武、塚本が訪れ、
中電は朝倉久夫総務マネージャと山本矢須登北電力所副所長が対応しました。
1)の資料の提示を求めると、H9年探したが関係資料は見当たらなかった。ダムに関する当
事の竣工図、技術資料があると聞き見せていただいた。その中のダム平面図と関係図面2部 のコピーを依頼した。2)教育について日本企業も外国人労働者への依存が大きくなることか ら過去の歴史、現在、そして将来へと共生できる視野で人権教育が求められていると話しまし た。中電も朝鮮人が働いていたことは、村史やあなた方の資料から知っているが事実が明ら かでないこと、別会社であることを強く主張します。
言い伝えや、証言を聞くことによって感動し事実を解明してゆく姿勢が必要であろうと話しまし
たが平行線でした。3)私たちは、企業と共に追悼式を行うことを願っていると重ねて話した が、現地追悼式への協力はさせていただくがそれ以外協力は難しいとのことでした。私たち は、まず過去のことを学びその積み重ねの上に誠意が形と成りえるとして再度検討をお願いし ました。
おなじ日、奥村組に回答を求めました。清水利治広島支店総務部長と白木康夫総務課長、金
子誠三次出張所所長が対応しました。1)資料はない。2)会社としてダム建設での犠牲者は 殉職者として弔っているとの説明を受けたので外国人はどのように扱っておられるのかと聞き ました。ダムサイトの入り口にある日本発送電と奥村組共同の慰霊碑には犠牲者の氏名も出 身地の記述はないことから殉職扱いになっていないと話しました。奥村から、検討させて欲しい と回答が出され「事実を知り、学ぶことから物事は始まり」。私たち会も企業と一緒に謝罪碑建 設を願っている旨を話しました。
5月24日までにそれぞれ回答をいただくことを約束して退社しました。
感想として、中電・奥村組も事実関係を検証できる「資料がない」「事実かどうか判らない」「別
会社」と主張することでかかわりまでも薄めるようです。戦時中、不二越で働いた朝鮮人女子 勤労挺身隊の皆さんが会社を訪ねて、未払い賃金を補償して欲しい。私が働いた会社の人に あって話がしたい。その主張に会社はこたえてないのです。
戦後補償するか否か半世紀を超えたいま、日本政府、企業そして私たち全日本人に問われて
いるのではないでしょうか。
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